NHK BS2
太宰治の名作短編を映像化する「太宰治短編小説集」
「走れメロス」「犯人」「畜犬談」
放送のお知らせです。
3月24日(水)午後9:35~10:00
「走れメロス」
俳優・森山未來と舞踏家・田中泯が肉体を駆使し
斬新な和製メロスを表現する。
【出演】田中泯,純,モロ師岡,森山未來
クリエイター:渋江 修平
3月25日(木)午後9:35~10:00
「犯人」
太宰作品の中では異例とも言えるサスペンスタッチの物語。
主人公を演じるのは俳優・新井浩文。
【出演】新井浩文,今宿麻美,板谷由夏,津田寛治,穂花
演出:宇野 丈良
3月26日(金)午後9:35~10:00
「畜犬談」
ユーモラスでペーソス溢れる名作を
ストップフレームアニメーションで制作。朗読は斉木しげる。
クリエイター:woodpecker
ご覧いただければ、幸いです。
2010年3月24日水曜日
2010年2月11日木曜日
体と頭が二つ欲しい
調整難航は変わらず。
急遽の仕事が、1つはなんとか片付いたが利益無し。
また、2つが急に飛び込んでくる。
正直、もういっぱいいっぱいなのだが、
いっしょにやってくれるクリエイターのみんなのことを
考えると引き受けざる得ない。
譲れる仕事は、譲っているが、
結局、抱えている仕事は減らずに増えるばかり。
2つの楽器についてリサーチも並行していて、
これに没頭したいが、本当に時間がない。
やりたいことは、たくさんあるのだが、
責任もって、関われる自信がない。
弱音をはいたところで、
なにも好転しないことはわかっている
出来ることをやるだけ。
急遽の仕事が、1つはなんとか片付いたが利益無し。
また、2つが急に飛び込んでくる。
正直、もういっぱいいっぱいなのだが、
いっしょにやってくれるクリエイターのみんなのことを
考えると引き受けざる得ない。
譲れる仕事は、譲っているが、
結局、抱えている仕事は減らずに増えるばかり。
2つの楽器についてリサーチも並行していて、
これに没頭したいが、本当に時間がない。
やりたいことは、たくさんあるのだが、
責任もって、関われる自信がない。
弱音をはいたところで、
なにも好転しないことはわかっている
出来ることをやるだけ。
2010年1月14日木曜日
2009年2月16日月曜日
デジスタ・アウォード収録
日曜、「デジスタ」の年間グランプリを決める
「デジスタ・アウォード」の収録。
土曜は、他の仕事をしつつ、準備。
タクシーで帰宅し、1時間半眠って、午前6時半に会社。
7時からスタジオ周りで準備。
まぁ、収録前、収録中いろいろあった。
1時間押して、収録終了。その後、打ち上げ。
日付が変わるころ、お開きとなり二次会。帰宅は、始発頃。
アウォードは、いつも胸が痛い。
年間400−500作品の応募に目を通し、
審査に持ち込み、放送される作品が選ばれ、
その中から1本だけ、ベストが決定。
その作品が集まり、
キュレーターによる一次審査、二次審査を経て
年間グランプリが決まる。
それぞれの作品、クリエイターに思い入れもあるし、
番組収録の都合で、これでいいのだろうか、と思う。
でも、収録が終り
クリエイターのみなさんと話をしていると、
あぁ、いいなぁーとホッとする。
そこには確実に場がある。
2008年12月15日月曜日
Jazzの流れる告別式
日曜、冷たい雨の中、
会社の元取締役、Hさんの告別式へ。
無宗教で、斎場にはHさんの好きだったJazzが流れていた。
「夢であいましょう」「紅白歌合戦」「世界まるごとHOWマッチ」と
数々のテレビ番組の演出を手掛けたレジェンドだった。
斎場には、写真が飾られており、若い頃のJazzバンド、
仕事のオフショット、ソニー・ロリンズとの2ショットなど
それだけでも、すごい人だったことがわかる。
残念ながら、番組をご一緒させていただいたことは
なかったのだが、入社試験の面接、企画会議や
番組のリサーチのお手伝いくらいはあった。
入社してすぐ、デスクの棚にJazzのCDを並べていたら
「生意気にJazzなんか、聴くのか」と突っ込まれた。
突っ込んだHさんのデスクのまわりには、
くるくると回るディスプレイスタンドに
JazzのCDがたくさん並んでいた。
一度くらいは、一緒に番組をやらせてもらえばよかった、と思うが
もう、それもかなわない。
2008年11月12日水曜日
その日のまえに
「A MOVIE」ではじまる大林映画。
(リメイクの「転校生」も悪くなかった)
重松 清の原作を読んだのは、2年くらいまえか?
VFXの技術が進み、リアル指向の映像作品ばかりの中で、
これは合成です、これは照明です、それは演出の意図なんです、
異化効果が随所に表れる相変わらずの大林映画である。
10代の時にときめいたその映像マジックは
今は余計だ、とさえ感じてしまう。
生と死の境界線が曖昧に混在する映像表現が
この物語を描くのに必要だったのだろうか。
まぁ、それが大林 宣彦が監督する映画、
とわかってはいるのだが。
他の短編を潜り込ませたのは、
全て、市川 森一氏によるものなのかはわからないが、
宮澤 賢治の「永訣の朝」とか、クラムボンの件は、
あんなにいらない、と思った。
永作 博美と南原 清隆演じる夫婦の物語だけで
私は十分に気持ちを揺さぶられる映画だった。
永作 博美が素晴らしい。
(追記)
「キネ旬」などでの対談、インタビュー等で
いくつかの疑問は、解消された。
それは、大雑把に言うなら原作の行間を映像化する、
という当たり前のことを監督の語り口でやっている、
ということだ。でも、「映像の魔術師」と
呼ばれた大林 宣彦監督のイマジネーションは
今の時代に、それを監督固有の語り口として
大林映画のファン以外にも
受け入れられるのだろうか、という疑問は残る。
それは、今、自分が曲がりなりにも映像制作の末端で
小規模な作品づくりに関わっているから出てくるものなのだ。
2008年10月31日金曜日
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